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おんラジ・シリーズ「1985」

2KFNhfRhc1onb :2015/07/04(土)19:54:10 ID:luM()
「地獄へ落ちろ江川!」「岡田の鼻は豚の鼻!」
1973年、あと1勝、いやあと1分のところで優勝を逃し阪神ファンの暴動が起きてから12年。野次が響く甲子園、8年ぶりに吉田義男が虎を率いに戻って来た。だが監督になった当初、
吉田は一年目からの優勝は狙っておらず、まずは基礎を固めることを目指した。
チーム方針は「フレッシュ・ファイト・フォアザチーム」の3F野球とし、二年連続4位からの脱却を図る阪神タイガースの1985年が幕を開けるのだが、開幕戦の4月12日は雨天中止と幸先の悪いスタートとなる。
13日の開幕はいきなり敗れ出足からつまずいたが、あの球史に残る日から一気に上昇していく。
4月17日、甲子園。前日の本拠地開幕戦で10-2と大勝し迎えた伝統の一戦。巨人は初回からクロマティが2ランを放ち、岡田が適時打で応戦するも7回、クロマティが今度は適時打を放ち1-3で追いかける展開でその裏の攻撃を迎えた。
二死ながら一・三塁となり迎えるは打率.133、0本の三番・バース。一打逆転のこの場面、沸き返る甲子園。槙原が投じた初球をバースが捉えると打球は低い弾道でバックスクリーンへ飛び込んだ。一打にして逆転。お祭り騒ぎの甲子園、
4番・掛布が打席に入った。すると1ストライク1ボールからの3球目、高めのストレートを捉えこれまたバックスクリーンへ飛び込む。
よもや大変な騒ぎの甲子園、それは打席に入る岡田とて同じだった。「ヒットじゃアカン。ホームランだけや!」。二球目、槙原のスライダーをとらえた打球はまたしてもバックスクリーンへ飛び込みこれが球史に残る「バックスクリーン三連発」である。
勢いに乗った阪神はその後、4月を9勝3敗1分で終え開幕ダッシュに成功する。5月は最初から5連敗を喫するが、しかししっかりと元を取っていく。
6月になると在阪マスコミを中心に1964年以来の優勝へ機運が高まっていく。だが、吉田は冷静で、8月まで優勝について口にはしなかった。唯一と言っていい危機は8月13日からの6連敗。球団社長が日航123便墜落事故で死亡、阪神選手も123便の1便前、
福岡大阪間の機体に乗っておりショックも大きかった。
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