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戦国時代の好きな所をまったり語るスレ

1名無しさん@おーぷん:2017/07/01(土)00:45:17 ID:Q8K()
新ルールが出来たので、とりあえず立ててみた。
好きな武将とか、好きな城とか、好きな刀とか鎧兜とか
何でも好きな事を語ろう。

煽り禁止、相手を否定せずに仲良くやりましょう。
NGワード「菅沼」「カス子」
2名無しさん@おーぷん :2017/07/01(土)01:19:21 ID:UtZ
完全実力世界で無法状態だった事

今の日本の平和ボケとも言われる状態の真逆
3名無しさん@おーぷん :2017/07/01(土)01:26:09 ID:75G
>>1
スレ立てお疲れ様です。

戦国時代の好きな所と言いますと、
組織構築やら、各勢力の動静やら、その他いろいろが興味深くて面白いように思われる所ですかねえ。
4名無しさん@おーぷん :2017/07/01(土)01:44:14 ID:d9a
鎧兜と言えばこの前のBS番組で長篠合戦の再現で火縄銃vs木曽騎馬やってたが、火縄銃の威力を測るために戦国時代当時の足軽用の簡素な鎧(本物)を撃ち抜いててびっくりしたわ。
5名無しさん@おーぷん :2017/07/01(土)12:30:53 ID:d9a
皆が一押しする武器(逸話でも造形美でも可)って何?

義元左文字は強者の手を渡り歩いた、当に天下の剣よな
6名無しさん@おーぷん :2017/07/02(日)06:28:35 ID:bUx
>>5
一押し、というか、興味ある武器としては、
某戦国漫画で有名になったハズ槍ですかねえ。
あれ、本当にあんなに万能武器として使えたのでしょうかねえ。
7名無しさん@おーぷん :2017/07/02(日)06:29:50 ID:bUx
ハズ槍って要は弓に槍をつけたものですから、あれをあんなに振り回して
敵を切り裂くとかに使おうとしたら、弓がいたんでくるのではないかと思うのですけど、
どうなのでしょうかねえ。
8名無しさん@おーぷん :2017/07/02(日)08:00:25 ID:dZP
>>6
同じ理由で、信長&秀吉の逸話として有名な「長槍有利」とか言う逸話かな?
取り回しが効かないから、どう考えても長すぎる槍は不利にしかならないと思うのだが…?
あの手の逸話って、戦国時代がとっくに終わった後になって、実戦を知らない人が嘘ついてでっち上げたように思える話が多いよね…
9名無しさん@おーぷん :2017/07/02(日)19:38:06 ID:4Dv
過ぎ去った時代にファンタジーを託しちゃうのは人間の性なんかね?
10名無しさん@おーぷん :2017/07/02(日)19:56:34 ID:5Gc
祖先を神格化して自分の正統性を高めるのはいつのどの国もやることだな
11名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)01:30:21 ID:tZh
>>8
実際に、接近戦ではちゃんとした士分の人とかは、
自身に合わせた長さの得物、を使っていたようですよ。
足軽の人とかは、長さと人数を生かし、集団戦法で戦う事を基本としてはいたみたいですかねえ。
12名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)01:36:14 ID:tZh
ここら辺は西洋の騎士と槍歩兵とかの関係性にも符号してるようにも
思われますかねえ。
13名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)03:02:51 ID:UHU
信長の長槍って「三間半=6.4メートル」も有ったそうだが、
こんな長さじゃ一度突いたら二度目用意するのに時間かかりそう…
槍の攻撃方法の一つである払いとか出来ないだろこれ…
払っても何度かやってる内にそのまま折れる気がする
てこの原理で先端に人を殺傷出来る金属が付いているのなら持ってる方も相当重いだろうし
全身金属製の槍ならともかく木製だとどうしても「撓み」が出てくるから、
思い切り突いても威力が分散したりしないのかな?
どうも6メートル超えの槍の方が有利とかいうこの逸話は胡散臭い…

江戸時代とかで参勤交代するようになってからは、長い槍の方が見栄えが良さそうだけど
14名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)07:56:41 ID:LE2()
はず槍について
弓隊が接近戦してると言う事は、負け戦の可能性が高い。
侍なら、接近戦になりそうな時点で従卒に持たせてる槍に持ち替えるはずだし、
足軽や雑兵が逃げる時の、護身用に使われてたんじゃないかと思う。

長槍について
長槍は、敵の頭めがけて振り下ろして叩くものです。
なので、重くてたわむほうが威力があります。
突いたり払ったりする、普通の長さの槍とは使い方が違います。
15名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)08:13:35 ID:UHU
>>14
長槍は鈍器ですか
槍はただでさえ穂から柄までが細いので、長槍を何度も何度も振り下ろしてたら折れませんかね?
16名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)08:28:58 ID:Lga
槍で叩き殺すのが目的じゃなく、相手を疲れさせたり気絶させ、刀で突き殺すんだったか

木は案外頑丈でいてしなやかだから、そう壊れないと思うよ
17名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)08:45:10 ID:UHU
>>16
ありがとうございます
18名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)19:56:55 ID:Lga
好きな家紋ってある?
北条の三つ鱗はシンプルで綺麗なのに武骨っぽい感じもする不思議な魅力がある
19名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)21:52:19 ID:tZh
>>14
>はず槍について
なるほど。わかりやすい説明の方をどうもありがとうございます。
20名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)00:37:01 ID:44Z
>>18
丸十の島津家
ザビエルがあれを見てどう思ったのか気になる

あれってネストリウス派キリスト教の影響なのかね?
21名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)07:32:26 ID:14D
>>20
諸説あるが、十字を切る呪術は各国にあって、日本にも中国から来た風習で十字(むしもちと読む)、十字餅などと呼ばれる魔除け・幸運を招く風習がある
鎌倉時代なんかでは小笠原氏も家紋に使っていたらしく、島津も言わずもがな
昔は十文字だけで囲わなかった

丸で十字を囲ったやり方を基本として使い始めたのは江戸時代から(衣服などに家紋を刻む時に丸で囲った)って言うから、もしかしたら少しは意識したかもね
キリシタンとの会話の切っ掛けにもなるし、島津氏の長い歴史を自慢できるし
22名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)12:08:52 ID:44Z
>>21
なるほど、景教の影響とは限らないのか
ありがとうございます
23名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)12:40:47 ID:BPN
やっぱり割菱だろ。
シンプルですっきり美しいデザイン
24名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)15:00:46 ID:44Z
>>21
逆に、禁教令が出てからはあの十字は問題にならなかったのか気になる
隠れキリシタンも、
「我が家の家紋は十字なので…」
とか言えば、公然と十字架を崇める事が出来たのだろうか?
25名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)15:16:49 ID:14D
うーん、江戸時代には島津氏に遠慮して色んな大名が十文字を違う家紋にわざわざ変えたらしいからな
26名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)15:22:04 ID:44Z
隆慶一郎の「捨て童子 松平忠輝」はどこまで本当なのかしら?
本当に松平忠輝はスペイン語やポルトガル語ペラペラで宣教師とも交際があり、海外志向の強い人物だったのだろうか?

飛騨高山や諏訪で生活していた頃には、茶道や薬学なんかの文化知識が重宝されていたそうだが。
27名無しさん@おーぷん :2017/07/04(火)23:38:14 ID:iWR()
>>24
幕府が丸に十字紋をどう見てたか、の記録はないので、結局想像するしかないけど、
家紋の十字はキリスト教とは関係ない、と言う主張は正しいけど、
幕府がいちゃもんをつけてくる可能性はある。
なので、大藩の島津以外は変えたって感じかな?
隠れキリシタンがマリア観音像を崇めてたという話は知ってるけど、
家紋を崇めるのはおかしいので、公然とは無理なんじゃないかな。

>>26
さすがに小説の創作について語るのは板違いなんじゃないかな?
28名無しさん@おーぷん :2017/07/05(水)01:19:01 ID:fZA
応仁の乱では誰が一番好き?
29名無しさん@おーぷん :2017/07/05(水)01:26:50 ID:yxq
日野富子

あの乱世の中でも蓄財出来たとか、優秀すぎるだろ…
しかも女性なのに
30名無しさん@おーぷん :2017/07/05(水)03:37:10 ID:yxq
実力さえ有れば誰でも成り上がれたのが魅力かな…
特に今みたいにガッチリ制度が決まってて、途中でドロップアウトするともう人生が詰むような世界じゃないのが
現実では小卒とか中卒では真っ当な仕事には就けないが、
戦国時代は優秀でありさえすれば一国一城の主になれる時代だからなぁ…
31名無しさん@おーぷん :2017/07/05(水)03:50:54 ID:yxq
ついでに、まだまだ「発展途上」ってのも挙げられるかな?
いくらでも農地開発や商業発展の余地が残されていて、
ひたすら内政に傾注すれば収入を二倍とか三倍に増やせる時代って今の日本じゃ有り得なくない?
32名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)07:06:38 ID:fNA()
戦国時代で成り上がるのは、優秀であるのが前提で、運がいいことが大事だよ。
優秀な奴は合戦でも激戦になる所を任させるだろうし、
成り上がる前に討ち死にした優秀な奴は無数にいるはず。
雑兵から一国一城の主になれるレベルに優秀なら、いつの時代に生まれても一緒だよ。

現代日本では、ドロップアウトしたら人生の選択肢はかなり狭くなるが、
詰むって事はない。本人の意識とやる気次第だよ。
まあがんばれ。
33名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)07:10:47 ID:fNA()
>>29
日野富子はいろんな意味ですごい人物だけど
好きで挙げる人ははじめて見た。
ぜひ君のその思いを語って欲しい。
34名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)09:03:22 ID:Zfj
>>33
普通に足利義尚は優秀=恐らく日野富子の子育てが良かった(?)

日野富子が死ぬと室町幕府の財政は一気に破綻した=経済的才覚を持った人間が日野富子以外にはゼロだった(?)

東西両軍に戦費の貸し付けを行っており、どんなに日野富子が「悪女」でも、殺されないよう保険を用意していた
(金貸しは商人の鴻池だか三井では禁止になっていた程難しく、逆恨みを買う事も多いはずなのだが、日野富子は切り抜けてしまった)

応仁の乱の渦中の中に生き抜いたにしては、物凄い経歴じゃない?
35名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)09:08:32 ID:Zfj
>>32
金勘定巧かったら裏方として重宝されないかな?
正直、現在高校生の数学くらいの知識が有れば、戦国時代には重宝されると思う。
理系脳であれば暗算能力も得意だろうし。

そんな巧く行かないか…
36名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)09:18:19 ID:Zqt
戦国時代は今より命懸けのコミュ力が必要だろうから、どんな能力かあっても口下手な俺では無理だな。
37名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:13:06 ID:Zfj
>>36
武田信玄か蒲生氏郷辺りなら優遇してくれそうだが…
38名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:15:14 ID:Zfj
蒲生氏郷だっけ?
口八丁手八丁で人受けだけは良かった奴を、
「アイツは俺の嫌いな奴は俺の前で馬鹿にし、俺の友人は俺の前で褒め讃える。
主君の意向に迎合するだけの輩だからクビにする」
とか言って放逐したの

コミュ力無くてもこういう主君に恵まれれば何とか…
39名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:20:15 ID:Zqt
>>37
武田信玄好き?
俺も好き。
でもこの人物の話はしにくいよねぇ。俺みたいに「信長は嫌い」までセットになると、もう自分で見ても釈明のしようがないw
40名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:23:29 ID:Zfj
>>39
「どんな人間でも取り柄はある」みたいな逸話が好き

泣き顔で戦場での度胸も無い奴が仕官してきた時、
「あんな奴戦場では役に立たないし、いつも泣き顔で辛気くさいったらありゃしないのでクビにしましょう」
とか臣下に言われた時、
「どんな人間にも取り柄はある」とか言って保留

で、その泣き顔男を武田家代表の使いとして葬儀に送ると、
どこの大名家でも、
「武田殿の家臣は、赤の他人の家の葬式だというのに非常に悲しんでくれる!感動した!」
と評判になったとかいう話

史実かどうか知らないけどこれ好き
41名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:31:14 ID:Zfj
信長は…人を大事にしないのがなぁ…
兄弟争いの頃から信長にお仕えしてきた佐久間信盛ですらクビになったり、
林秀貞も30年くらい前の事を根ほり葉ほりとほじくられてクビになったし、
美濃三人衆の安藤守就もなぜかクビになったし…

絶対明智光秀は、アレを見て焦りを感じたと思うのだが…
42名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:44:50 ID:Zqt
>>41
信長って極端に優しいところもあると思うんですよ。その同じ人物が昔から自分を支持してくれていた人間を無惨に捨ててしまうから怖い。
最初から最後まで冷たかったら諦めもつくけど、ショックは普通より大きいよ。
自分の人生と重ねて、信長の下は辛いなぁとね。
43名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)10:55:40 ID:Zqt
>>40
しみるわぁその話し。
俺は臆病でも無能でも無いと自負はしてるんだけど、いかんせんクチが回らなくてね。お陰で職を失うことになってしまった。
うまくタイムスリップしたら信玄公にやとってもらおう。
44名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)11:16:13 ID:Zfj
>>42
日本史上で、織田信長と類似の人物を挙げるとするならば、東條英機ですかね?
東條英機と言えば、日米戦争中、憲兵をフル活用して反対者を黙らせ、監視国家にした人物
でも決してそれは「私欲」からではなく、あくまでも国家を守る「首相としての義務感」から

気に食わない人間に関しては徹底的に排斥して追い落としてしまうが、
実は非常に涙もろく情に厚くお気に入りの人間についてはトコトンまで面倒を見たのだとか
(残念ながら、東條英機が取り立てた人間にはロクな奴は居なかったのだが)

信長が取り立てた奴にも、明智光秀みたいに裏切った奴も居たし、
実は光秀を影で操っていた黒幕だったとか言われる秀吉が居たり、
信長が疎んじていた三男信孝を織田家の後継者にしようとか言い出す柴田勝家が居たり、
で、結局織田家は自分の子供の代に滅ぼされるか改易されてしまうというくらいに落ちぶれ果てたのだが、
信長が「これはモノになる」と思った者に関しては取り立てられているので、確かに優しさはあったのだろう

実際の信長は、「鳴かぬなら殺してしまえ」みたいな短気な人物ではなかったらしい事が最近の研究で解ってきたようだし

ただその「愛情」は、あまりにも「依怙贔屓」が酷すぎたのが命取りだったのかと
45名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)11:24:56 ID:Zfj
>>43
戦国時代は、むしろ口が巧い奴は軽蔑されてたっぽいのだが…
武田を滅ぼした佞臣みたいに言われる長坂釣閑について信玄は、
「アイツは口先だけの奴だから信頼するな」
みたいな事を言っていた事が甲陽軍艦に書いてある
(と言っても史実の長坂はそこまで冷遇されてなかったぽいし、甲陽軍艦は武田信玄顕彰の文献であり、長坂や跡部を佞臣とする立場から書かれている文献なので…)

上杉景勝なんかは生涯笑わなかったとか逸話があるし、会話もほとんどしなかったという話がある
今で言う「コミュ障」そのまんま
まあ越後の冬は寒く、口をパカッと開くと凍り付くほど寒かったので自然と兵士一同も寡黙になったとかいう話を読んだことがある
大坂の陣で、上杉の陣が物音一つ立てずひっそりと静まりかえっているのを見た徳川軍は不気味に感じたとか

直江兼続は、そんな上杉景勝と互いに信頼し合っていたので「以心伝心」で意志の疎通を行っていたとかいう話もあるね

会話の必要性が無いので、ある意味楽っちゃ楽そう
46名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)11:49:57 ID:Zqt
>>44
東條さんと信長が似たとこがあるとは気付かなかったなぁ。そう言われれば確かに人間性は似てるかも。
勝者と敗者の違いはあれど、対人関係の極端な落差はよく似てる。東條さんと違って信長には能力を見抜く目はあったけど、能力ばかり見てて人間の心の底の底を見る努力をしとらんよね。
信長の側に精神的な上位者として信玄公みたいな人がいてくれたら、本能寺でファイヤーすることもなかったんだろうな。

あと、光秀もやるならやるで武田家が滅びる前にやってくれよ、どーせならw
47名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)11:58:33 ID:Zfj
明智光秀は、武田家滅亡後、富士見酒で悪酔いした信長に公衆の面前で殴られ、
それを屈辱に感じて謀反したという説もあります
当時の武士のメンツは物凄いものがありましたし

武田攻めは謀反を志すには必要な逸話だったのでは?
48名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)12:01:02 ID:Zfj
最近関ヶ原の戦いについて新説を持ち出した白峰旬って正しいのだろうか?

実は関ヶ原の戦いに「膠着状態」などという状態は存在せず、
開戦と同時に小早川一味が裏切って大谷を撃破、
あれよあれよと西軍が敗退したとかいう話

「毛利や小早川はまだか!」みたいな話は、
そもそもさっさと小早川が裏切って西軍が撃破されてしまったが為にあり得ないのだとか
49名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)12:14:48 ID:RD7
火を見るより明らかだが、スレ主の判断に任せようか
50名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)12:23:38 ID:CBR
>>41
信長関連の創作物では、
信長の活動初期における佐久間の存在がもう少しクローズアップされて欲しい、
と思う所はありますかねえ。
そうすれば、1580年の佐久間粛清の時の衝撃が
読者の方にも伝わりやすいとは思うのですがねえ。
まあ、エンタメは面白い事や読者人気をとる事が優先ですから、
さすがにそうはいかない、という所もあるのですかねえ。
51名無しさん@おーぷん :2017/07/06(木)23:03:45 ID:Zfj
>>50
佐久間信盛が過小評価されがちってのは同意

「米五郎左に木綿藤吉、掛かれ柴田に退き佐久間」

と謳われた殿軍の名将がまるっきり評価されないというのは不思議
52名無しさん@おーぷん :2017/07/08(土)10:27:46 ID:mLR
>>51
能力だけなら、同時代の評価は高かったし、信長も認めてたみたい。

でも、必死で頑張るか追放か選べ、と叱られて
追放を選んだ人物は、どうしても評価が低くなる。
53名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)02:18:40 ID:idt
>>52
必死で頑張る、と言われましても
佐久間だけの手勢で他所のどこかの敵を平定してこい、という信長の命令は
当時の状況からして色々と無理がありすぎにも思えるのですけれどねえ。
54名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)02:22:11 ID:idt
まあ、どこかに陣借りするという話もあるのでしょうけれど、
少し前まで筆頭重臣的な立場だった佐久間が、
それも信長の尾張時代から一貫して信長を支持して従ってきた佐久間が
今更はるかに後輩の武将達の軍に入って、陣借をさせてもらって、
というのは面子や意地などを重んじる、当時の戦国時代武士の面子的にはどうなのでしょうかねえ。
55名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)02:25:19 ID:idt
>>48
マジですかねえ、それ。
そうすると、戦闘の前半で、島左近の軍勢を銃撃して、
功績をあげた人とか、の話とかはどうなるのでしょうかねえ。
56名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)07:29:18 ID:4z4
>>55
ああ、やっぱり疑わしいか、ありがとう
通説否定って最近の歴史研究のブームなのかも知れないけど、
いくら何でも小早川と脇阪、朽木なんかが裏切っただけで一気に勝敗が決するってのも不思議な話だとは思った
57名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)13:05:34 ID:idt
>>56
そもそも他の戦線では、福島勢が宇喜多勢に挑んで攻撃を繰り返しは
していたものの、宇喜多勢が数的な優勢もあって、幾度も押し返していた事、
などもしっかり資料とかには残っている事なので、そんなすぐに小早川が寝返って
戦況が東軍勝利の流れで進んでいった、とは到底思えないわけですしねえ。
他にも毛利の空弁当の話とかもありますしねえ。
58名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)13:40:32 ID:4z4
>>57
秀吉様の御一門であらせられる、「秀頼の代理」としての小早川秀秋ならどう?

「嗚呼…御輿に担いでいた秀秋様が裏切ってしまった…最早石田方には正当性が無い…」

みたいに感じて戦意喪失してしまったとかいう可能性

実際、徳川方の秀吉縁者の福島正則と、石田方の秀吉縁者の小早川秀秋みたいな対照関係なんでしょ?
59名無しさん@おーぷん :2017/07/19(水)11:40:31 ID:Bew
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E6%B0%8F
>フランシスコ・ザビエルが布教のために鹿児島に来た際、島津が「白い十字架」を使用していたことに驚いた、という記録がある [32] 。

やっぱり驚いたんだね…

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